脊髄と神経
ここでは、運動神経が大脳皮質から延髄または脊髄を通って行く経路を考えます。6つあります。「運動の仕組み」のコーナーで説明したように、大脳皮質の運動野から、
外側皮質脊髄路(皮質−>脊髄)と赤核脊髄路(赤核−>脊髄)は主に四肢の遠位筋を制御します。
網様体脊髄路(網様体−>脊髄)、前庭脊髄路(前庭神経核−>脊髄)と視蓋脊髄路(視蓋−>脊髄)は主に体幹筋と四肢の近位筋を制御します。
四肢の遠位つまり、手足の末梢の筋肉をコントロールするのは、外側ーーーと赤核ーーーーの2つです。四肢の近位、つまり、胴体に付着しているところの筋肉と胴体の筋肉をコントロールするのは、網様体ーーー、前庭神経ーーーと視蓋ーーーの3つです。
皮質延髄路(皮質−>延髄)は、脳神経の運動覚へ至り、頭や顔の運動を制御します。
下の絵は「人体の正常構造と機能」から抜粋しました。
もし、頚髄のレベルで、外から損傷を受けたとき、最初に、上肢か下肢のどちらの筋肉が動かなくなりますか。
答えは、足でしょう。上の絵を見てください。
上の絵だけでは、全体がわかりません。そこで、大脳皮質から、中脳、橋、延髄と脊髄にいたる解剖を示します。
上の写真は、解剖体からの標本です。黒い線で輪切りにし、赤い矢印のように下から見たものが、その上の絵になります。同じように、標本で、横に切ったものを下に示しました。
これをアニメで動かしてみました。
大脳皮質の運動野の内側から外側に向かって、下肢、体幹、上肢の順番に神経支配があります。
「皮質脊髄路」は、脳内最大の下行路で、大脳皮質の運動指令を脊髄に伝えます。延髄の錐体を通るため、錐体路とも呼びます。系統発生学的に新しく、ほ乳類で初めて出現し、人で最も発達しています。
大脳皮質にある起始細胞(錐体路ニューロン)は、皮質の第5層にあります。これから伸びた軸索は、放線冠を形作り、内包の後脚を通って、中脳に行きます。中脳では、大脳脚を通り、橋では、小さな束に分かれて、橋核の間を通ります。延髄では、再び合流して束になり、錐体を作ります。
下のアニメでは、皮質から大脳脚に向かう神経を表しています。ゆっくりと見てください。
延髄と脊髄の移行部の錐体で、75%の線維が正中線を越えて、反対側へ移ります。これを、錐体交叉と言います。これが外側皮質脊髄路と呼ばれます。主に、遠位筋の動きを調節します。残りの25%の線維は、交叉せず、前皮質脊髄路と言います。この脊髄路は、交叉せず、両側に伸びます。これは主に体幹筋や四肢の近位筋を調節するようです。
「赤核脊髄路」も、皮質脊髄路と同じ領域を調節します。中脳の赤核からすぐに交叉します。赤核は左右1対ある神経核です。大脳の運動野とか小脳核から線維を受けています。外側皮質脊髄路と同じように、
四肢の遠位筋に関係し、関節の屈曲を起こす屈筋に作用しています。
左のアニメでは、足を動かす神経と手を動かす神経を見てみました。これが、皮質脊髄路です。
右のアニメは、赤核脊髄路を表しています。
この脊髄経路は、単に、一次運動野と脊髄の運動ニューロンを結ぶ経路だけではありません。
一次運動野だけでなく、高次運動野(6野)、体性感覚野(3,1,2野)、5野からも錐体へ神経が出ています。
それぞれ30%づつの割合で、分布しています。
この錐体ニューロンは必ずしも脊髄の運動ニューロンに直接シナプス結合するのではなく、多くは脊髄の介在ニューロンと連絡しているようです。直接シナプス結合するのは、手指領域の運動に関係しているようです。
直接シナプス結合とは、下の図のように、つながっているものです。
介在ニューロンとは、ニューロンとニューロンの間に、もうひとつニューロンが入っています。
現在では、アニメで示したように、一本線の神経(軸索)だけで、運動ニューロンに伸びているのではなく、脊髄のなかで、介在ニューロンというものと絡み合っているようです。
アニメが前後しますが、上の左のアニメで、皮質延髄路があります。緑色の線で表していますが、
運動野の外側にある顔面、口、咽喉頭の領域からの線維は、内包膝を経て、脳幹の三叉神経核、顔面神経核、舌下神経核の運動ニューロンに直接シナプス結合しています。多くは脳幹内で、交叉しています。
特に大脳皮質の運動野と顔面神経核の場合は、特殊です。
顔面上部の筋肉を支配する運動ニューロンへは、両側の運動野から、同程度の線維が流れています。顔面下部の筋肉へは、反対側の運動野からの神経が支配しています。そのため、片方の皮質延髄路が障害した場合、下の左の顔面の絵のように、眉毛とまぶたの部分は、正常で、口元が動かず、下がります。神経核の上側がやられたとき核上性麻痺になります。
核下性麻痺の場合、神経がすべて殺られるため、下の右の顔面の絵のように、おでこのしわよせができず、まぶたは閉じず、口角は下がります。同様の絵
混乱するかもしれませんが、網様体脊髄路(網様体−>脊髄)、前庭脊髄路(前庭神経核−>脊髄)をここで、示します。これらの神経路は、繰り返しますが、体幹筋と四肢の近位筋をコントロールしています。
皮質脊髄路が、運動野から脊髄運動ニューロンの経路のどこかで、損傷を受けると、
運動麻痺
腱反射の亢進
バビンスキー反射などの異常反射の出現
の3つが現れます。
運動麻痺とは、運動ニューロンが切れたとき筋肉に刺激が伝わらないため、運動できないことを示しています。
バビンスキー反射とは、
http://in-and-out.lolipop.jp/?p=2101からの引用です。
バビンスキーという人が発見しました。
記録によるとバビンスキーさんはベッドで寝ている患者さんの足を挨拶代わりに順番にこちょこちょと引っ掻いて回っていました。すると大半の人が足の親指を屈曲させるのに対して、なかには反り返る人がいるのを発見したのです。
28行の名文
この発表された論文は28行の短いものでこれ以上削ることのできない無駄のない名文とされています。
「中枢神経系をおかすいくつかの器質性疾患における足底皮膚反射について」
J.ババンスキー(1896年2月22日開催の生物学会報告より)
私は,中枢神経系の器質性疾患による片麻痺あるいは下肢単麻痺を呈するかなりの数の患者において,足底皮膚反射の異常
を観察したので,ここにそれにつき簡単に述べる。
足底を針でつつくと,麻痺のない側では,正常者で通常見られるのと同じように,骨盤に対する大腿の屈曲,大腿に対する下腿の
屈曲,下腿に対する足の屈曲,そして中足骨に対する足趾の屈曲が誘発される。麻痺側では,同様の刺激によって,骨盤に対す
る大腿の屈曲,大腿に対する下腿の屈曲,そして下腿の対する足の屈曲が生ずるが,足趾は,屈曲する代わりに中足骨に対す
る伸展運動を生じる。
このような足底皮膚反射の異常は,発症後数日しか経っていない新鮮な片麻痺症例でも,数か月を経た痙性片麻痺の症例でも,
同じように観察された。このような異常は,随意的には足趾を動かすことのできない患者でも,また,足趾の随意運動が未だ可能
な患者でも,確認することができた。しかし,このような異常は,いつも見られるというわけではないことをつけ加えておかねばならない。
足底を針でつついたときに生じる足趾の伸展運動は,脊髄の器質性病変による何人かの対麻痺症例においても観察された。し
かし,このような症例においては,比較対照部位がないため,異常の実態はあまり著明ではない。
要約すると,足底の針刺激によって生じる反射運動は,中枢神経系の器質性疾患によると思われるような下肢の麻痺においては
,すでに知られているように,反射の強さが変化するだけでなく,反射の形態も異常となるのである。 (訳:岩田誠)
なぜ起るのか?
画像出典:バビンスキー反射 ? Wikipedia
このように報告されたバビンスキー反射ですが評価方法と現象は広く知られていますがなぜ起きるのでしょうか?
できれば生理学的な説明が欲しいところです。
そこで探しているとバビンスキー反射について報告している豊倉康夫先生の文献に行き着きました。豊倉先生は昭和39年に東大教授になられておりSMONの病因発見、「神経内科」という言葉を作ったなど現在の医学に大きく貢献された先生です。
バビンスキー反射の豊倉先生の解説
バビンスキー反射の出現に関しては多くの議論がなされてきました。
一般的には多シナプス性の表在反射に分類され、侵害刺激に対する下肢屈曲反射の一部が出現しているとされています。
注目すべきは底屈筋群と背屈筋群の力関係です。
足底を刺激をすると場所や強さにで変化しますが両筋群に刺激が入ります。
ここで健常者では底屈筋群の方が強く収縮をしますが、錐体路障害のある患者さんでは背屈筋群の閾値が著名に低くなっており母趾が伸展してしまうのです。これは筋電図研究から明らかにされています。
ではなぜ通常は底屈筋群が有意になっているのでしょうか?
これは豊倉先生の進化から見た仮説に分かりやすく説明されています。
以下は引用です。
この解釈として、足ゆびの背屈筋群の発達史的な見方と二足直立歩行を獲得したヒトの人類生物学的な考察が重要であると考えている。
乳幼児から処女歩行を経て成人の直立歩行に至る過程で、乳幼児には備わっていない足ゆびの蹴り出し(底屈)運動は益々強化されることとなる。
また、二足直立によって体重を支えるようになった足においては、足ゆびの運動性、可動性は著しく制限され、底屈と背屈以外の運動性はほとんど犠牲にされる。
このことは上肢の手指の顕著な可動性と対照的である.
すなわち、成人における、足ゆびの底屈筋群の強化は、個体生的にも系統発生的にも重要な発達過程とみなすべきであろう。
このことによって、足底皮膚反射が正常成人においては底屈筋群優位の形をとるに至ったと考えられないであろうか。
また、バビンスキー反射が一部の類人猿を除けばヒトだけにしか見られない反射であり、ヒトにおいて上肢にはバビンスキー反射と相同な反射は存在しない という事実も、人類の二足直立歩行による上肢と下肢の著しい分化を無視して考えられないことであろう.
下のURLをクリックし、動画を見てください。右足は、バビンスキー反射が陽性です。親指が反っています。左足は陰性です。つまり、正常です。
https://www.youtube.com/watch?v=ZFu7bdbnZx8
乳児は、バビンスキー反射が陽性になります。つまり、足の裏を、かかとから小指にかけて、爪楊枝でこすると、親指が反り返り、ほかの4つの指が、扇のように開きます。これは、正常です。
https://www.youtube.com/watch?v=EoutYFC0Nss
次に、腱反射の亢進についてです。錐体路障害では、膝蓋腱反射が強く現れます。
正常な状態で、この反射はあります。その仕組みは、以下のようです。
反射には、需要期からの入力である求心繊維が一つのシナプスを介するだけで直ちに出力のニューロンにつながる単シナプス反射と、複数のシナプスを介してから出力のニューロンにつながる多シナプス反射があります。。
単シナプス反射の例としては、伸張反射が知られている。伸張反射は、筋の伸張を刺激として受容し、その筋を収縮して筋の長さを一定に保つように働く反射である。
伸張反射の代表例として膝蓋腱反射が有名である。http://tsunepi.hatenablog.com/entry/20130731/1375270286からの引用です。
膝蓋腱反射の反射弓の構成要素は以下の通り
受容器:大腿四頭筋の中にある筋紡錐
求心路:大腿神経
反射中枢:脊髄前角のα運動ニューロン
遠心路:大腿神経(α運動繊維)
効果器:大腿四頭筋
膝蓋の下で大腿四頭筋の腱をたたくと大腿四頭筋が伸ばされる。
筋肉が伸ばされると、その中に入っている筋紡錐も伸びる。
筋紡錐ののびによって受容器電位が発生する。
・膝蓋腱反射の意義
伸張反射は重力に対抗して身体を支える筋(抗重力筋)に著明で、このことは人間の姿勢保持に重要な役割を演じていることを意味している。
他にもたとえばジャンプなどをして着地する際、大腿四頭筋が反射により収縮することにより、体の負担を軽減するなどの効果もある。
下の絵のように、膝蓋腱反射は、中枢の指令で、あまり大きく反応しないようになっています。
中枢に障害があると、中枢の抑制がなくなって、腱反射が大きくなります。これを亢進といいます。
下のURLは膝蓋腱反射が亢進したビデオです。中枢で、運動神経が障害されている結果です。
https://www.youtube.com/watch?v=lauwuPX0j_M
運動麻痺、腱反射の亢進、バビンスキー反射などの異常反射の出現などがあると、錐体路症状と呼びます。
一方、運動麻痺でなく、不随意運動(自分の意思に関係なく生じる異常な動き)、筋緊張の異常などを伴う運動障害は、錐体外路症状と言われてきました。主に、大脳基底核の病変で、大脳皮質運動野とは独立したものと考えられていました。
現在では、運動野と大脳基底核との密な神経線維の連絡が明らかになり、錐体路とは別の下行路を制御する錐体外路系は存在しなくなりました。ただし、錐体路症状と錐体外路症状の区別は診断上重要で、言葉は残っています。
次に、感覚についてです。
左の絵のように、体性感覚野に、手足、顔面、体幹などからの感覚
神経が伝わります。顔は大きく描かれていますが、手や顔からの感
覚神経は、大脳皮質で、足などに比べて、広い面積をしめています
。このことは、手や顔面の細かいところまで、神経が行き届いてい
ることを表します。手、足、体幹の感覚の刺激は、脊髄を通って、大
脳皮質に届きます。感覚は、温・痛覚、粗大な触圧覚と、精細な触
圧覚と深部感覚に、大きく分類されます。
顔面と頭部の感覚は、5番目の脳神経(三叉神経)として、脳幹の
三叉神経核に入ります。そのあと、反対側の視床に移り、右の絵に
ある体性感覚野に行きます。
下の絵で、各々の感覚神経の流れを見てください。
まず、温・痛覚、粗大な触圧覚は、下の絵に示してあるように、外側脊髄視床路と前脊髄視床路という神経の道で、とおります。
精細な触圧覚と深部感覚は、後索ー内側毛帯路という神経の道で、とおります。
温・痛覚と粗大な触圧覚は、それぞれ外側脊髄視床路と前脊髄視床路という神経路をとおります。 精細な触圧覚と深部感覚は、後索ー内側毛帯路を通ります。 |
感覚神経は、感覚の刺激を、反対側の感覚野に伝えていきますから、脳の病気で、大脳がやられた場合、その反対側の感覚が異常になります。
人体の正常構造と機能VIII(神経系)から引用
この神経の流れを、アニメで見てみました。
頚髄以下で脊髄が外側から傷つけられたとき、足、体幹、手の順で感覚がなくなります。
運動の場合も、足から手の順で、動かなくなります。
脊髄について
右の図のように、脊椎の骨で囲まれ脊髄が入っている空間のところを脊柱管といいます。土管のようなものです。その中に、脊髄があります。
脊髄と脊柱管と脊椎との関係は下のアニメで示しました。胎生8週とは、お母さんのおなかにいるころのことを表しています。新生児から大人にかけて、脊椎が伸びていきます。
一方、脊髄は伸びません。少しづつ、脊柱管のなかの脊髄の端が細くなります。
大人では、脊髄の末端は、腰椎の2番程度の高さになります。子供では、脊椎が伸びるにつれて、2番目の腰椎より下に脊髄が取り残されます。
次に、脊髄のまわりの全体像です。
下の絵から、理解したいことは、脊髄の前から前根、後ろから後根という名前で、神経が出ています。後ろからは、感覚神経が脊髄に入ります。前からは、運動神経が出ます。これが、逆にはなりません。必ず、こうなります。
https://health.goo.ne.jp/medical/body/zukan/8/article-6.htmlから引用
感覚神経と運動神経は、神経の形が違います。
https://kotobank.jp/word/%E7%A5%9E%E7%B5%8C-81577から引用
http://comedical.blog23.fc2.com/blog-entry-752.htmlから引用
http://manabu-biology.com/archives/40113558.html
脊髄神経の断面図で、
感覚神経には、脊髄神経節があります。絵を見てください。これは、上の感覚神経の細胞体が集まっている場所を示しています。細胞体が集まるため、すこし膨らんでいるのです。では、これをアニメで見てみます。
次に、運動神経を見てみます。
前後しましたが、脊髄の解剖を示しておきます。名前が色々ついています。
こちら側が背中側
おなか側
次に、脊髄は、どの部位でも同じような構造でしょうか。違います。
第7頚髄または第4腰随がある頚部膨大部と腰部膨大部では、手足に分布する運動ニューロンが多いため、前角が発達しています。
第2胸髄がある胸部では、内蔵に分布する交感神経ニューロンが多いため、側角が発達しています。
白質(脊髄の外側で、神経線維がある場所)のしめる割合は、頭に向かうほど、面積が増えます。手足、体幹からの神経線維が増えるからです。
第3仙随では、神経線維が少ないため、面積が小さいです。
同じ脊髄の場所に入る感覚神経と、出る運動神経は、同じ筋肉と皮膚に分布しています。
この皮膚領域を皮膚分節といいます。英語で、デルマトームです。実際は、境目が不明瞭(ふめいりょう)です。おおよその目安です。
運動神経が支配する領域は、筋分節といいます。ミオトームといいます。
ヒトのカラダは、デルマトーム(皮膚分節)とミオトーム(筋分節)という各脊髄神経からの31節の領域に分けられます。
ヒトがモノに触れて、感覚(熱い、冷たい、痛い等…)を感じるとその分節領域(デルマトーム)を支配している脊髄へ信号が送られ、脳の方が認識します。
逆に、カラダの〇〇の部分を動かそう!とする時には、脳の方からその分節領域(ミオトーム)を支配している脊髄へ信号が送られ、体が動きます。
デルマトームとミオトームの神経は違いますが、同じ脊髄から出ているので領域の範囲はほぼ一緒です。
図で示します。
頸椎から出る感覚・運動神経は8対。
たとえば、横隔膜を支配する神経は、3,4.5番の頚神経になります。
体幹の感覚と運動神経は、胸椎の2番から12番になります。
からだのある部位に痛みがあったり、動かなくなったりしたら、皮膚表面の部位から、脊髄そのものの障害とか脊髄から出ている脊髄神経のみの障害なども推測できます。