脳の低体温療法

1998年12月27日午後3時過ぎ、郵便配達のアルバイトにいくため、モーターバイクで走行中の17歳の少女が、右折してきた軽トラックに激突され、前頭部を損傷し、25kmはなれた当施設に搬送されてきました。両側瞳孔は5mmmに散大し、対光反射はありませんでした。出血がひどいため、すぐに開頭術が行われました。術中から、低体温を開始しました。サンドイッチのように、ブランケットを背中とおなかにおき、包み込みました。頭部の硬膜外に、硬膜外麻酔に用いるカテーテルを留置し、頭蓋内圧を測定しました。膀胱温32.5度で管理し、復温のとき、脳圧が上昇したため、過換気と再度の低体温も行いました。気切後、40日間、ICUで管理しましたが、発語はなく、全く自発運動もありませんでした。痛みにも、ほぼ無反応でした。しかたなく、病棟に移りました。それから、3ヶ月後、急に動き始め、いやがるそぶりがあったようです。みるみるうちに、行動が活発になり、減圧のためにはずしてあった頭蓋骨を、もとに戻す手術もできるようになりました。驚きでした。発語があり、左手足の動きはやや悪かったですが、自分で歩くことができました。知能がやや低下したため、養護学校に通ったそうです。すこし、話が卑猥ぽっくなりましたが、自分なりに自覚があるようでした。

この子のことは、忘れません。若い脳は、色々なことに対応でき、柔軟性があるようです。医療者は、力まず、淡々と、若い患者にはつきあいたいものです。

1998年〜2000年の3年間で10例の頭部外傷患者に低体温療法を施行しました。BLANKETROL II Hyper-Hypothermia(Cincinnati Sub-Zero社製、USA)のブランケットを、サンドイッチのように、患者の上下に敷き低体温療法を施行しました。頭蓋内のクモ膜下腔に硬膜外麻酔で使用するカテーテルを留置し脳圧をモニタし、体温は症例毎に内頚静脈、肺動脈、鼓膜などの部位で測定し比較検討した結果、最終的に深部温のモニタとして膀胱温を採用しました。最低膀胱温度が32.5度であった17歳の症例(2000年3月発表)で得られた留意点は、(1)肺炎または無気肺の発生防止のため自発呼吸を温存した方がよい。(2)寒冷刺激によるshiveringに対して、塩酸ペチジンが有用である。(3)頻脈にならないよう昇圧薬としてノルエピネフリンを使用することが良い。としました。
復温のタイミングは全例脳浮腫が軽減すると予想された4〜5日後に開始したが、復温操作で脳圧が35〜40mmHg以上に上昇した場合、再び低体温を施行しました。
脳圧が測定できず復温した症例では、頭部CT検査で脳浮腫の増加を確認しましたが、評価が遅れる欠点がありました。
ポイント:復温による脳浮腫の出現は予想以上に早く脳障害をもたらすため、降圧薬に反応しにくい高血圧が持続するとき早めに頭部CT検査を行うか外減圧術後の頭部からエコーによる検査を行うべきでしょう。
治療した患者のうち17歳、16歳と24歳の患者の予後は良好でした。50歳前後の患者の予後はあまり芳しくなかったです。このことより、当ICUでは原則として対象患者は若年者で血腫による局所的な脳浮腫を防止するために低体温療法を行うこととしました。また、全脳虚血では行わず、32度以下の低体温は心機能が急激に低下するため避けることにしました。 以上です。