非常に、わかりにくい症例だったと思います。今思うと、CT画像がないんです。かなり、状態が思わしくなく、緊急性があったのか、相当速く手術したと思います。

外科サイドで、造影剤が食道に投与され、診断がついたようでした。珍しい症例と思いました。

気胸と胃破裂を伴った遅発性横隔膜ヘルニアの1例(1993.3.22)

 




  重度の化学薬品による気道熱傷

1982 年の出来事でした。宮崎県宮崎市清武町に宮崎医科大学があり、自分は、1980年に医師になったばかりでした。この清武町内に、沖電気の工場がありまし た。事故が発生し、宮崎県病院に搬送された3名のうち、1名は気管挿管されていました。このとき、自分は、県病院にいて、この患者を搬送する際、ベッドを 移動させたとき、気管カニューレを引っ張り、スポンと抜けました。ビックリです。すぐに、皮膚科で麻酔科医の先生が、気管切開口に大きな消毒用の鉗子をつ きたて開き、カニューレを挿入してくれました。助かりました。自分は駆け出しで、不注意から、発生した出来事で、記憶に残っています。あれから、気管切開 孔に気管カニューレを挿入した患者の搬送のとき、カニューレを押さえながら、慎重に対応しています。特に、気管切開した数日は、カニューレが抜けたとき、挿入は相当困難です。皮下組織に隙間ができていて、チューブが、その柔くなったところに滑り込みます。注意しましょう。

年 配の3名の方は、助かりました。若くて、消火活動に懸命であった1名が、本症例です。事故当時、彼は、多くのガスを吸引したようです。このガスによって、 気道熱傷がひどくなったようです。亡くなりました。7ヶ月間生きておられました。ちょうどICU学会があり、会場で、搬送ベッドに固定し、呼吸管理できる 呼吸器を見つけ、彼に使おうという話をしていたとき、亡くなりました。今思うと、今なら、生存可能な方法がありそうと感じます。残念です。

追加ですが、1990年に、塩素ガスボンベから、直接塩素ガスを吸引した患者がいました。その症例報告もご覧ください。急性塩素ガス中毒の1治験例(1990.3)






 

Reexpansion Lung Edema (再膨張性肺浮腫)

右 肺の大量の血腫を、5日後に摘出した直後、再膨張性肺浮腫が生じました。みるみるうちに、PaO2が低下し、どうしていいか分かりませんでした。自分が麻 酔を担当しており、先輩が2名いましたが、一人は、両肺を換気するシングルチューブを、もう一人は、片肺換気をするダブルルーメンチューブを、と言いまし た。自分はどうしていいかわからず、とりあえず、両方可能なダブルを挿管し、両肺換気を行いました。PaO2は、70以下にさがらず、低空飛行をつづけ、 最終的には、よくなりました。おどろきでした。

 

 

次に、別に特殊なケースかどうかわかりませんが、急激に肺炎が出現し、肺生検をしなければならなかった症例を示します。抗生物質に全く反応がなく、喀痰からも細菌が検出されず、ウイルス、クラミジアなどを疑う所見が乏しいため、肺生検が急遽施行されました。

顕微鏡所見では、ウイルス、クラミジア、細菌、カリニ、真菌などが否定され、最終的に、ステロイドのパルス療法が選択され、救命できました。肺生検とはいえ、一番病態が激しい部位を生検するため、術後、気胸になり、なかなかこの気胸が改善せず、やや困りました。

病院の幹部のため、相当神経を使った記憶があります。

 

 

以前から、ダブルルーメン チューブは気管後壁を傷つけることがあると、外科サイドから、言われていました。自分は麻酔科医のため、このことをすんなりと認めるわけにはいきません が、ICUでは、ダブルルーメンチューブを、シングルに入れ替え、2~3日後に気管チューブを抜管したさい、呼吸困難になり、縦隔気腫が発生していまし た。再挿管し4日後、縦隔気腫は消滅していました。この状況から、気管後壁に孔があいていると考えざる得ませんでした。手術をしたところ、以下のように、 孔があいていました。要注意。要注意。

 


腹臥位の呼吸管理が奏功した重症間質性肺炎の一症例

この症例の論文は、掲載していません。

患 者は医師で、左右の下肺野に、間質性の陰影が少し出たかなと思っているうちに、数日で、呼吸困難感が強まり、人工呼吸器管理になりました。ステロイドが全 く無反応で、試しに、腹臥位を施行しました。はじめは、1日1時間の腹臥位を3回程度ではじめ、2時間で4回に増やしましたが、なかなか反応がなくあきら めかけました。若い医師が自分に、もうすこし、時間を増やし、継続しようと言いました。それもいいかなと思い、4時間で3回にしました。すると、汚い血痰 らしいものが出てきました。なぜかわかりません。出血の病態とは考えていませんでした。しかし、すこしづつ、ガス交換能も改善し、2週間後には、腹臥位も 必要でなく、地道な呼吸管理に移行できました。

徐々に、よくなる経過で、患者は自分でアンビューバックを使用して呼吸を補助し、呼吸器の蛇管の付け替えもできました。ある日、以下に示すような事故がありました。この症例から、「思い込んで、無理だろうと考えるのは、早計かもしれない。何度でもできることなら、先入観をもたず、地道に繰り返すことも大事。」 「極力、ミスはさける。警報はきらない。」


 

喘 息重積では気道内圧が高く、さらに人工呼吸管理を行うと、重症の場合、肺の間質部分に高度の圧がかかり、肺胞隔壁が破れ、細かな空気の粒が、間質に漏れ出 します。細かな空気の粒が集まり、これらの空気はどこに移動するか。肺は臓側強膜と壁側強膜で覆われ、肺門部で、この2種類の胸膜はつながります。つま り、胸膜が裏打ちされるため、肺門部は胸膜がなありません。空気は、この肺門部に集まり、縦隔に軽い空気は移動します。縦隔の空気は、頚部の皮下に移動 し、皮下気腫になります。
さらん、食道裂孔は縦隔とつながっていますから、仰臥位になると、縦隔から、腹腔内に空気が移動します。さらに、皮下気腫がひどくなると、陰嚢部皮下に空気がはいり、本症例のように、陰嚢が腫れます。

喘息患者で、腹腔内にフリーのガス像があった場合、消化管穿孔でないかもしれません。

この間質性肺気腫は記憶にとどめましょう。

 

1990年代は、喘息重積発作の患者がいました。吸気と呼気に空気が入らない状況です。麻酔科医として、人工呼吸器に麻酔回路を組み込み、全身麻酔で発作を軽減しました。

  喘息重積発作に麻酔ガスを併用した呼吸管理

現在では、ステロイド製剤の吸入があり、喘息死も3000名弱に減少したと思います。こうゆうことも、昔はしていたと思ってください。下記の論文は掲載していません。